『夜明け前より瑠璃色な Moonlight Cradle』 より、シンシアルートの嘘予告風SSです。
五〇〇年の時の果て、彼女は再び地球の大地を踏みしめた。
空の色、風のにおい、柔らかな陽射し。
何もかもが彼女の記憶の中の風景と変わらず。
――けれど、彼だけがいない。
変わらずあり続ける世界の中、人々は変わりたゆまず歩み続ける。
「ようこそ、この世界へ。……シンシア・マルグリットさん」
彼女にとって忘れることなどできない姓を持つ青年は、穏やかに微笑み彼女を迎える。
伝承に名を残す存在との邂逅に、隠しきれない興奮をわずかに滲ませ。
だから、彼女は、シンシア・マルグリットは泣きそうになる表情を無理矢理の笑顔に変えて答える。
「ええ。ただいま、と言って良いのかしら?」
「もちろんです。おかえりなさい、マルグリットさん」
それは、もう一つの別れの始まり。
「――この世界の技術が、人々を幸せにするために正しく使われているのなら、私は何も言うことはないわ」
彼の口から伝えられる世界の歩み。人々の歴史。
「ですが、あなたがそうまでして伝えるために守り続けてきた技術は……」
そこはきっと彼女が夢見ていた世界。
「ターミナルへ至るための技術の基礎は完成している。このまま研究が進めば、そう遠くない未来、あなたたちの手で空間跳躍技術は再び実現されるでしょうね」
ならば、自らに課した使命に、もはや意味は残っているのだろうか?
「だとしたら……」
伏せていた目を上げ、彼の視線を受け止め、シンシアは答える。
「私の役目も、もう、終わりかもしれないってこと」
夜、見上げれば、遙か彼方、三八万キロの距離に輝き続ける月がある。
いつか見た姿と変わらず、地上を照らす白い光の中、シンシアは言う。
「満たされれば満たされるほど、飢えていくものもあるのね」
それは感傷であり、そして、手の届かないところへいってしまった大切なものを失くしたことへの後悔に似ていて。
「あのときのあの出会いが、この世界でだったなら。なんて、ないものねだりをしてしまう」
それは、まるで手を伸ばしても届かない、あの空の真円のよう。
「五〇〇年早すぎたのよ。……ばか」
「私からは何も言うことはできません。すべてはあなたの選択であり、そしてこれからもあなたは自身の選択を為していくのでしょう?」
手渡される懐中時計。
「もっと早くにお返しするべきでした。けれど、迷ったままのあなたにこれは不要でしょう?」
「……ええ」
静かに光を放つそれをシンシアは握りしめる。
「そして、今のあなたにこそ、一緒にこれを渡すべきでしょうね」
「これは?」
「手紙ですよ。あなたのよく知る人からの」
“遥か未来のあなたへ、この手紙が届くことを祈って。”
「嘘……」
渡された手紙はそんな書き出しで始まっていた。
「……そんな、ことって」
「行くんですね」
「おかげさまで。誰かさんに思いっきり背中を押されましたから」
とびきりの驚きを与えてくれた青年に、シンシアは言う。
言葉には感謝を。
口元には笑みを。
その瞳に意志を。
「さようなら」
「ええ、また」
きっとその言葉は、再会は、果たされることはない。
「……五〇〇年前に出会っていたらあなたに恋していたかもしれないわね」
悪戯っぽく声を弾ませからかうシンシアに、青年は言う。
「あと一〇年若くなければ、あなたの無茶には付き合えません」
背を向け瞳を閉じる。
「ふふ、そうかもね」
輝く羽が舞い落ちる。
シンシアは思い出す。愛おしい時間を、愛おしい世界を。
「さあ、始めましょう。ぶっつけ本番、賭けみたいなこと、本当は好きじゃないんだけど」
――こちらメインシステムです。シンシア・マルグリット主席研究員と認識しました。
「シンシア・マルグリットによる特権を発動。外部デバイスよりプログラムをロード。パスワードは――」
――了解。特権による割り込みを確認。外部デバイスからのプログラムをロード。システムの権限をクロノスプログラムへ譲渡します。
「OK。自己診断と平行して空間跳躍システムの稼働ログから転移座標を算出して」
――了解。自己診断プログラム完了まであと三六二秒。転移座標は――
――システム、オールグリーン。
「何度も言ったわね。『シンシア・マルグリットは、ただの科学者よ』って」
「でも、今度から少し変えなきゃいけないわね。続く言葉ができちゃった」
「ええ、これからなってみせるわよ」
そして、再会が始まる。
Another Story 「未来への手紙」
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コメント
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楽しかったです。
続きお願いします