世界を信じられなくなった時は、空を見るといいよ……世界やこの街は美しいんだって、思い出させてくれる魔法だから。
人は誰もが、心の中に一枚の絵を持っている──。統一された政府により、様々な芸術が規制を受け始めた世界。しかし、そんな世界各地の壁面に封印されたはずの名画が描き出される事件が起こる。『Der Kunst Ihre Freiheit!(芸術に、その自由を!)』絵とともにそう書き残していく<アート・テロリスト>を、人々は敬意をこめて「破壊者(ヴァンダル)」と呼んだ。政府を敵に回すという危険を冒してまで彼らが絵を描く理由とは。そして真の目的とは──?
[tegaki font=”crbouquet.ttf”]あなたが心に描く、その絵は何ですか?[/tegaki]
世界政府が施行した法律「プロパガンダ撤廃令」により、戦争を想起させるあらゆる芸術が規制された世界。名画と呼ばれるそれらさえ、例外なく規制され、統治・管理された芸術しか許されない世の中で、あえてその絵を描いてみせる、神出鬼没のヴァンダル。世界政府からはテロリスト呼ばわりされるヴァンダル目的を、彼らが出没する街で出会ったひとびとの目を通して描いていく短編連作でした。
芸術に絶望したり、抱いていた夢を捨てきれなかったり、あるいは、かつて見、そして忘れることのできない風景を心の中に持つひとびと。そんなひとびとと出会う絵描きの少女エナ。彼女と行動をともにするハルクとネーヴォ。たった3人で世界を相手取りアート・テロを仕掛け続けるヴァンダルの行動は、テロという字面からとはとても縁遠く思える、芸術によって街の人々の心に忘れることのできない芸術というものがあることを、刻み込むようなものでしたね。
そして、エナ自身がその行為の先に追い求めていたたった1枚の絵。次第にヴァンダルを追い詰めていくインターポールの警視・サムソンらとの追いかけっこの果てにたどり着いた絵と、そこに隠された真相は、エナがひたすらに追い求めてきた真実というには残酷に過ぎる気もしますが、それでもそこで彼女が折れないのは、彼女自身が言うように、世界が美しいということを誰よりも目で見て、手で描いて、知っているからこそなのかもしれません。
誰もが心に持つ1枚の絵。それぞれに違う絵だけれども、そこに宿る美しさは、彼らが感じた世界の美しさそのもので、なにものにも侵されることのない、たったひとつの本当の世界の姿なのでしょうか。それを忘れたひとにも、これから描こうというひとにも、エナは名画の力でもって、それを伝えようと、これからも戦っていくのでしょう。姿も形も見えないかもしれない、今の世界そのものと。決して忘れることのない、彼女だけの絵を、心に秘めて。
1冊できれいに終わっている本作ですが、続巻も予定されてるようですね。序盤に見せたようなどこかの街の誰かとの繋がりを、積み上げていく物語になるのでしょうか。その先にある、世界を変えるという夢物語を、夢のままで終わらせないために。
hReview by ゆーいち , 2010/04/04
- ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫)
- 美奈川 護
- アスキー・メディアワークス 2010-02-10
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