遥かに仰ぎ、麗しの~てのひらのなかのしあわせ~

『遥かに仰ぎ、麗しの』より、相沢美綺誕生日記念のSSです。

久々のお話になりますが、楽しんでいただければ幸いです。

§

 ちょん、ちょん。
「あああっ、もう、みさきち、何してるの!?」
 アタシのちょっかいに、予想通りの反応で、期待通りの言葉を返してくる奏。
「へっへっへ、何をしているかって? 見て分からないかにゃあ、かなっぺ?」
 芝居がかった意地悪い笑みを意識して浮かべて、脅すようにアタシは言葉を継ぐ。
「わかるけどわかるけど! それとさり気なく、かなっぺって言うな言うな!」
 いいじゃん、かなっぺって。かわいいと思うんだけどな、アタシは。……他の誰も賛同してくれないのは、きっとアタシの啓蒙活動が不足しているから。これからも、ところ構わずかなっぺかなっぺ言い続けてやると、密かに心の中で決意も新たにしてみたり。
「分かってるなら話は早いよね? アタシ、待ちきれないんだもん」
 それはそうとして、据え膳食わぬは、何とやら。女のアタシがこんなこというのもおかしい気がするけれど、目の前に美味しそうなのがあるんだから、手を出さないのは奏に対して失礼だよね!
「ま、待ちきれないって。もう少しの辛抱だから、おとなしくしていてよう」
 ふっふっふ。そんな懇願されるような目で見られたら、アタシ、ゾクゾクしちゃうよ。どうしてあげようか、脳内でめくるめく妄想が広がっちゃうね!
「ダメ。もう、限界。だからお願い、奏。ちょうだい?」
 だめ押しのお願い。さて、どう出る、奏さん。
「う、ううう……」
 あと、一押し、かな?
「ね、ちょっとだけでいいからさ? 奏?」
 ト・ド・メ。
「だ、ダメーーーー!!」
 ……と思ったら地雷でした。
「もう、もう、みさきち何してるの? せっかく私が美綺のために頑張っているってのに、おとなしくしていることもできないの? できないよね? だってみさきだもん。訊いた私がバカだったのかも……」
「そ、そんなことないよう……。アタシだって感謝してるんだから、さ。ほら、ちょっと冗談が過ぎただけだって、反省してます。ごめん。許して? かなっぺ」
「そこでかなっぺって言うのが反省してない証拠だよ、みさき!? もう、こんなんだったら美綺なんて放っておけば良かったよう」
 あらら。そんな顔真っ赤にして怒るくらいだったの? しまったにゃあ。ちょっと度が過ぎちゃったかしらん?
「ごめんごめん。もう、邪魔しないからさ。機嫌なおしてよ、奏」
「ほんとにほんと? 反省してる? もう私の邪魔しない?」
「ほんと。反省してます。邪魔しません。相棒、嘘付かない」
 誓うように、アタシは右手を挙げて宣言しちゃう。
 うれしいからって、はしゃぎ過ぎるのも良くないね! うん、またひとつ、教訓が増えたよ。
「……ほんと?」
「ほんと」
「……」
「……」
 あのー、奏さん。黙々と手を動かしながら見つめられると、少し、怖いのですが?
 これでも駄目? 駄目なの? アタシの真摯なことばは、奏には届かなかったの?
「……かなで?」
「……もう、しょうがないんだから」
 ふ、と。ようやく、苦笑の成分がほとんどを占めているような笑顔を浮かべてくれる奏。
 ほっ。
「でもでもでもでも! また、私の邪魔したら、いくら美綺でも今日は許さないんだからね?」
「はーい、ごめんなさーい」
「よろしい」
 はー、ようやく機嫌なおしてくれたみたい。今日は少し、奏いじりを自重しなきゃいけないね。
「じゃあ、もう少し待っていてね、おとなしくしていないなら、美綺にはあげないんだから」
「はーい! 楽しみに待ってるよ。奏、愛してる!」
「はいはい。私も愛してる愛してる」
 うわ、おざなりなお返事。アタシの愛はちっとも伝わらないのね!
 しょうがない。そんな奏に、ひとつだけ仕返ししちゃおうか。
「ねー、奏ー?」
「なーに、みさきち」
 振り返った奏の顔に付いてるんだよね。
「ん~ん、何でもにゃい。早くできあがらないかなあ。アタシお腹すいたー」
「わー、みさきち、テーブル叩かない。はしたないよはしたないよ!」
 白くて、甘くて、美味しそうな、ホイップクリームが、ね。

てのひらのなかのしあわせ

「もう……やっぱりみさきちは意地悪だよ」
 ぶーたれてそっぽを向きつつも、アタシの真向かいに座って不平を漏らす奏。
「んー、何のことかにゃあ?」
 とりあえず、すっとぼけておこうか。
「言ってくれても良いのに。美綺から見たら私、すごい顔してたってことだよね?」
 いや、それはもう。読者の皆さんにお伝えできないのが残念なくらい、素敵なお顔でしたよ、かなっぺ。
「ぷぷぷっ。まんがみたいだよね、顔にクリーム付けたままケーキ作り続けるとか。ばっちり写真に収めさせていただきいましたよ、ごちそうさま、かなっぺ君!」
 ちらり。百聞は一見にしかずっていうから、もちろん、その瞬間をアタシは逃したりいたしません。カメラの液晶に映し出されているかわいい顔を確認して、にんまりのアタシです。
「だから、かなっぺって言うな言うな。……それよりも、その写真、使ったりしないよね?」
「ふふふ、それはアタシのみぞ知るってところだね!」
「わわわわわわー!? ダメダメ。あんな恥ずかしい写真、暁先生に見られたら、もう顔合わせられなくなっちゃうよ!」
 わたわたと両手を振り振り、アタシの言葉を遮るように言ってくる奏。
「えー、そうかなあ? かわいいから暁ちんもきっと笑ってくれるよ?」
「だから、それが嫌なの嫌なの!」
「『なんだ、上原、お前でもそんな風になるんだな。でも、俺はかわいいと思うぞ?』とかとかさ!」
「うっ、かわいいってかわいいって……、そんな、暁先生。こんな私でもいいんですかいいんですか? ……って違うよ美綺。私はこんな姿を見てほしくないの」
「えー」
「もう、どうして美綺はこうなんだろう。私、やっぱり友達選んだ方が良かったのかな? 自信なくなるよう」
「そんなことないって、奏はアタシの親友で、アタシは奏の親友!」
 でしょ。これくらいのおふざけ、お互い本気じゃないって分かってるってアタシは思ってる。
「もう」
 ためいきひとつ。
「わかってるよ、美綺」
 それから笑顔。
 びみょーに諦め混じりの色が見えるのは、アタシの気のせいとして、ひとまずこれで仲直り、と。
「ん、ありがと奏」
 いろいろとね。
「どういたしまして。私はこれくらいしかできないけど、言わせてもらうよ。誕生日おめでとう、美綺。おめでとう」
「ありがと、奏!」
「うん。……美綺もそうして最初からおとなしくしていればかわいいのにね」
「うわ、ひどっ!? それって暗にアタシがかわいくないとか言ってない?」
「ん? どうなんだろう? 私はいまみたいな元気なみさきちも好きだけれど、男の人から見たりすると」
「たとえば、暁ちん?」
「あ、暁先生は駄目だよ、みさきちっ。暁先生がみさきちのことかわいいとかかわいいとかかわいいとか言ったら、私、私、どうしよう!?」
 こら、そんな妄想ですぐにテンパりなさるな、奏さんや。
「あー、別にアタシ、暁ちんにかわいいとか言われてもうれしくないから、その言葉はキミにパスしてくれちゃおう」
「なになに? そのどうでも良いみたいな反応!?」
「いや、アタシは別に、誰かにかわいいと言ってもらいたくて生きてるわけじゃあないしね!」
 ここにいる理由も目的も、ちょーっと他の人とは違うからね。
 まぁ、それでも奏みたいな娘と親友になれたって言うのは、望外にして存外な僥倖だというのは間違いないけれど。
 テーブルに肘ついて頬杖。にんまりと奏を見て言ってやろう。
「まぁ、かなっぺはー。暁ちんにかわいいって言われたらー。それこそ天まで昇る気持ちでしょうけれどー。あー、かわいいかわいい。恋するオトメはかわいいですよー。いっそスキャンダラスに暴露しちゃおうかなー。凰華ジャーナルであることないことないこと」
「そそそそそそんなことしたら絶交だよ絶交! 私はともかく暁先生に迷惑かけるなんて、そんなこと許さないんだから!」
「はいはい。冗談冗談」
「嘘だよ! 今のは結構本気だったよ! 半分以上本気だったよ!」
 ち、さすが奏。よく見ているね。
「どうかにゃあ?」
「そんな良い笑顔見せても駄目なものは駄目だからね。絶対だよ絶対?」
「はいはい」
「あー、もう、そういうところが信用できない。『はい』は一回」
「はい」
「うーうー、こんなこと言われるために作ったんじゃないのに……」
「いや、そこは感謝してますよ?」
 マジでマジで。
 どうにも面と向かって言うのも、ねえ?
「もう良いよ、美綺。せっかく作ったのに、忘れられてるケーキがもったいないよ」
「あぁ、そそ。上手にできましたー」
 ぱんぱかぱーん!
 脳内のファンファーレが鳴り響く中、眼前におわす、かなっぺ特製バースデーケーキ。
「……ちょっと大きすぎない、かなっぺ?」
「う、うん。ちょっと、ちょーっと、大きかったかな」
 ちょっと、ねえ?
 二人で食べるにはおやつ何回分? と目を疑いたくなるような大きさのホールケーキ。いや、気合い入りすぎでしょう、奏さん。
「残したら駄目だよ、もったいないお化けが出てくるからね?」
 子供かっ!?
「いやー、それにしても、これは、きついにゃあ……」
 うれしいよ、その気持ちはうれしいよ、奏。
 でも、これを食べたら、アタシは、アタシはっ!
「カロリー取りすぎは美容の大敵、はっ、これはかなっぺの罠!?」
「違うから違うから」
 ですよねー。
「もう、良いよ、私たちだけじゃ食べ切れないから、他の人にもおすそわけしよ?」
「んー、そうだね。奏の愛を独り占めできないのは残念だけれど、そうしよっか」
「せっかくの、誕生日、みんなからお祝いしてもらお? お誕生会だよ」
「えー」
 それはさすがに大事すぎませんか?
「いいのいいの。榛葉さんところで美味しい紅茶飲みながら、みんなで食べれば楽しいよ!」
 スナック菓子じゃなくて、ケーキを差し入れに押しかけるとか、奏、意外に図太い度胸だねっ。
 でも。
「まぁ、それは、とても心躍るご提案!」
 美味しいお紅茶の魅力は抗いがたいものなのです。はい。
「じゃあ、決定」
 ぱちぱちとうれしそうに手を叩いちゃって、まぁ。
 ほんと、かわいいよね、奏。
「それじゃそれじゃ、誰に声かけようか。その前に榛葉さんにお願いしてきた方が良いかな」
 邑那さんならいつ行っても万全の準備でおもてなししてくれそうな雰囲気があるけど。
「えーと、大銀杏さんに、野原さんに小曾川さんに、あ、小曾川がいるなら高藤陀さんも? うぅ……。そ、それに、岡本さん、神さん、三橋さん、あと高松さんたちに、溝呂木さん」
 指折り思いついた名前を挙げていく奏。
 まぁ、全員が全員参加ってのは難しそうだけれど、賑やかなメンツだよね。
「あ、奏。通販さんの分は残しておいてね」
 さすがにあの人は来てくれないだろうけれど。お世話になっているしね。
「うん、もちろん」
「よろしくー」
「……あ、それと」
「ん?」
「仁礼さん」
 ……あー。
「みさき?」
「すみすみかあ」
 それはさすがに無理じゃないかな。
「なんで仁礼さん、みさきちに対してはあんなに厳しいんだろう? いつもいつもふしぎふしぎだよ」
 そこはほら、女の秘密というヤツです。
 こればっかりは、奏にも言えないし、行っちゃったら巻き込んじゃう。
「んー、ほら、すみすみ、超が付くほど真面目だからさ。アタシみたいのはやっぱり嫌いなんじゃない」
 本当はそれだけじゃないのだけれど。
「もう、それはみさきの自業自得だよ。いっつも怒られているのに直そうとしないんだから」
 ……だってさ、そうやってしかアタシ、まだ、すみすみと話せないんだもん。
 近寄ろうとしても逃げられちゃう。あるいは、真正面から拒絶されちゃう。
 さすがに、転入してきてからこの方ずっとだと、アタシも堪えることがあったりなかったり。
「いや、だって、アタシはアタシだからさー」
 そんなことはおくびにも出さない。
 アタシはいつも通りの返答で、奏の言葉に応じてみる。
「ふたりが話してるところ見ると私の方がはらはらどきどきだよ。心臓に悪いよ」
「にゃはは、ごめんね?」
「それで、どうするの?」
「んー、アタシの方から誘ってみるよ。でも、すみすみ、付き合い悪いから期待しないでね?」
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! アタシ、怒られ慣れてるからさっ」
「……そういうことじゃないんだけど」
「気にしなさんな! 奏が行って怒られたらかわいそうだしね」
「仁礼さん、私には普通に接してくれるのに。みさきちがよっぽど怒らせることしたんだよ、きっと。謝った方が良いよ、ぜったい」
 うん、それは、分かってるよ、痛いくらい。
 けれど、やっぱり、遠いんだよね……。
「あはは、心当たりがたくさんありすぎてどれか分からないけれど、会うたびに陳謝してみます!」
「嘘っぽいよとっても!」
「ま、すみすみのことは気にしないで、アタシに任せておきなさい!」
「じゃ、じゃあ、私はとりあえず榛葉さんのところに行くついでに、皆も誘ってみるから」
「はーい、期待しないで待ってるよ!」
「もう、そこは期待しててよ!」
「りょうかーい!」
 ぴしっ、とおふざけで敬礼してみる。
 そんなアタシを見る奏の生暖かい視線はいつものことだから、とりあえずスルーして、ケーキで両手がふさがっている彼女のために入り口のドアを開けてあげよう。
「ありがとう、美綺。仁礼さんとけんかして遅くなったりしたら怒るよ?」
「……う、善処シマス」
「ほんとかなあ……?」
 疑わしげな表情のまま、ちょっと危なげな足取りで歩いて行く奏。
 そこで転んだりしたら大惨事だけれど、それはそれで……。いや、見てみたいなんて思ってないよ、ちっとも。
 さて、それはそれとして……。
「すみすみ、かあ……」
 どうしよう。
 答えは分かってるんだけれどね。
 でも、やっぱり、一対一で話をするのは、少しだけ、気後れしてしまう。
 アタシがそんなこと言ったら、きっと笑われてしまうかもしれないけど。
 けど。
「当たって砕けろ! いけいけ美綺!」
 倒れるなら前のめり!
 見事、玉砕して見せようじゃないっ。
 待ってて、すみすみ、今行くよっ!
 ……ほんとは玉砕なんてしたくない。心の深い場所で聞こえたその声は、たぶん何かの気のせいなんだと、そう思った。

§

 ピンク色の桜花はすっかり風に散らされてしまったみたい。
 芽吹いた若葉の緑が鮮烈に目に映る。
 最優先なミッションが、今のアタシに無ければ、この風景を心ゆくままファインダーに収めていても良いんだけれど。
 ……それはまたの機会にしようかな。
 風に揺れる葉桜たちに抱かれるように、そこに佇む彼女に。
 アタシは声をかけなければいけないんだから。
 夢見るように、静かに両の瞳を閉じているすみすみ。
 けれど。
「何かご用ですか?」
 そんな静寂を破ったのは、声をかけあぐねていたアタシではなく、すみすみの方で。
「あ……」
「相沢さん」
 そう、呼ばれるたびに、アタシの胸の内側がちくちくする。
 どうしてこうなっているんだろう、って。
 どうして他人のように、興味なさそうにしている彼女と、満足にことばを交わすこともできないのだろう、って。
 こうやって、いつもいつも、アタシから踏み込もうとしたって、すみすみとの距離は、ちっとも縮まっている気がしない。
 嫌われている、恨まれている、そんなこと気付かないわけがない。アタシは、彼女に会うために、ここに来たんだから。
 けれど、いまのアタシたちは、たぶん、ともだちにさえなれていない。お互い、名前を知っている、その程度の関係から、少しも進めていないんじゃないかって。
 アタシは、それが、怖いんだと思う。
「どうしたのかと訊いているんですか?」
「あ、ご、ごめんね、すみすみ。邪魔しちゃった?」
 刺すような視線は相も変わらず。
 質問というより詰問な口調は、やっぱり慣れないなあ。
「別に、邪魔などとは思っていません」
「そ、そっか。良かったよ」
「私は別に良くもありませんが」
 ぐ、やっぱりきついよ、すみすみ。
「……それで、こんなところまでやってきてどうかしたのですか?」
 けれど、これくらいでめげてちゃ、この子の姉なんて務まらない。
 いつか、アタシの気持ちだって分かってくれるんだって、そう思って頑張るしかないよね、きっと。
 負けるな、アタシ!
「そうそう、すみすみに用事があったんだよ、アタシ!」
「……その『すみすみ』という呼び方、何とかなりませんか?」
 負けるか。ここはスルースキルの見せ所。
「さて、問題です、今日はいったい何の日でしょう!?」
「存じません」
「……少しは考えてよー!」
「仕方がないでしょう。私には思いつくことが何もないのですから」
 ううぅ、こんなにつれないとは。分かっていてもやっぱりきついよ。
「しょうがないから、特別に教えてあげるよ。今日はなんと、アタシのた・ん・じょ・う・び。なのです!」
「……それが何か?」
「え、何その冷たい反応? せっかくこれから邑那さんところでアタシの誕生会やってくれるって言うから、すみすみも誘いに来たのに」
「それはご苦労様です。お気持ちだけ受け取っておきます」
「……やっぱり、来てくれないのかにゃ?」
「謹んでお断りさせていただきます。私が相沢さんのお誕生日を祝う会に出るなんて、どんな茶番ですか」
 やっぱり駄目かな。
「えー、アタシはうれしいよ? みんなにお祝いしてもらえれば、笑顔になれるよ? すみすみは違うの?」
「私には縁のない話ですから」
 そんな風に自分から距離を開けられるのは、やっぱり辛いよ。
「またまた、そんなことないって、すみすみだってお祝いされたらきっとうれしいから。アタシが保証しちゃうよ! 今日、来てくれたら、今度はアタシがすみすみのこと、お祝いしてあげるよ。10月を楽しみにしてて!」
 アタシばかり追いかけてるのに、ちっとも距離が縮まらないじゃない。
「……。どうして……。どうして知っているんですか?」
 どうして、ってそんなの決まっているじゃない。
「すみすみのこと、アタシはもっと知りたいって、ずっとずっと言ってるよ?」
 大切な。大好きな。他人じゃない、他の誰でもない。
 アタシの、妹なんだから。
「すみすみにだって、アタシのこともっと知ってもらいたい。だから話かけてるんだよ」
 大それた願いなのかもしれないけれど。
「そうやって。他人じゃなくなりたいんだよ。アタシは、すみすみとだって」
 手を伸ばしても、全然届かない、星の輝きのような光なのかもしれないけれど。
「友達になりたいんだからさ!」
 ほんとう、姉妹になりたいんだから。
「そうですか」
「……そうだよ」
「ですが、私は相沢さんのことは同じ学舎で学ぶご学友としか思っておりません。世間一般の友人同士のように、貴女と馴れ合うつもりは私にはありませんから」
「……そっか」
「はい。ご期待に添えず申し訳ありませんが、諦めていただいた方が良いかと思います」
 あー、やっぱり、玉砕か。今日こそはって、少しは期待していたんだけど。
 次のチャンスを待つしかないのかな……。
 ちょっとだけヘコむ。
 こうやって、すみすみに振られるのなんて今日に始まったことじゃないけれど、何度も何度も同じ返事だと、アタシの心だって無傷じゃいられないんけどな。
「あ、あはは。残念残念」
 気を緩めれば表情に浮かんでしまう落胆の色を、空元気の笑顔で塗りつぶして。
「それでもさ、気が向いたら来てよね。温室で邑那さんのお茶と一緒に奏の作ったケーキも食べられるんだから。美味しいよ、きっと! すみすみの分も、取ってあるからさ」
「そう仰っても、私は行きませんよ」
「うん、分かってる。すみすみがそう言うんだったら、きっとそうなんだろうから。だからさ、これはアタシのわがままだってことにしておいて。邑那さんと奏の好意で、気の乗らないすみすみを釣ろうっていう、アタシのずるいわがまま」
「……」
 あー、こりゃまたさらに嫌われちゃうかな。
 こんなずるい手使うなんて、アタシらしくないなあ……。
「ほんとうに……。ほんとうにずるい方ですね貴女は」
 諦め混じりのため息が、すみすみの唇からこぼれおちる。
「少しくらいずるくもないと、ジャーナリストなんてやっていられないのです!」
「……。貴女という人は……」
「へへへ」
「……仕方ありません。相沢さん、貴女はともかくとして、榛葉さんと上原さんのご厚意を無にするわけにも参りません」
「え、じゃあ?」
「ですが、ほんとうに良いのですか? 私がそのような場にいても、皆が白けるだけですよ」
「そんなことないから。それに、アタシが来てほしいって言ってるの。主賓アタシ。だから気にしないでよ」
「分かりました。それでは自室に一旦戻ってから、伺いますので」
「うん。うんっ! 待ってるよ、すみすみ!」
「ですから、その呼び方は馴れ馴れしすぎますっ」
「気にしない、気にしない。それじゃ、早く来てね、すみすみ」
 やった!
 手段はともかく、目的達成だよ。
 二度は使えない手かもしれないけれど、今日、すみすみが来てくれるんだったら全然惜しくない。
「えへへ。探しに来て良かった。ありがとうすみすみ!」
 嘘みたいに心が軽くなる。
 たぶん、明日にはアタシたちの関係は昨日みたいに他人に近くなってしまうかもしれないけれど。そんなこと、今は関係ないよね。
「それじゃ、早く来てね!」
 嬉しすぎてスキップだってしちゃいそう。さすがに、それは自重するけれど。
 早めに背中を向けて良かったかもしれない。
 だって、アタシ、いま、きっと。
 すんごい笑顔になってると思うから。
 だから。その後の不意打ちのひとことに、アタシは完全にやられてしまったのだ。
「あ、相沢さん……」
「ん、なあに?」
 背中から呼びかけられた彼女の言葉に。
「あの、その。……。お……。お誕生日、おめでとうございます」
 吹き抜ける風の声に、かき消されるような声音で。
「……まだ、言っていなかったので」
 けれど、はっきりと、アタシだけは聞き逃すことのない声音で。
「……あ」
 振り返ったアタシの姿は、すみすみからみたらきっと滑稽だったんだろうと思う。
 ぽかんとした呆けた表情、それから驚き、そして笑顔。
 百面相なアタシを見て、それから視線を逸らせて。
「どうぞ、お先に行って下さい。私も行くと言ったからには、必ず参りますので」
 険のないことば。
 彼女にしては、非常に珍しい、照れたような声色が、アタシをさらに喜ばせる。
 だから、アタシは全力で答え返す。
「うん、絶対に絶対だからね!」
 そうして逃げるように駆け出す。
 怖いからじゃない。悲しいからじゃない。
 ただただ、嬉しいから走り出す。
 息が弾む。胸がすごくドキドキする。
 全身を駆け巡る喜びに、思わずアタシは叫んでいた。
「ひゃっほー! やったーー!!」
 たった一言でこんなに舞い上がっちゃうアタシもたいがいなものだよね。
 けれど、嬉しいものは嬉しいんだから仕方ない。
 豪華なプレゼントをもらった小さい子供のようだけれど、たぶん、アタシにとってはそういうことなんだ。
 たった一言のプレゼント。
 きっと、すみすみは、そんなこと分からない。
 ダメダメな姉は、妹の何気ない一言で、こうも簡単に元気になってしまうのです。
 けれど、それで良いんだと思う。
 まだ、この気持ちは一方通行だけれど、アタシはそう簡単に諦めたりはしないのです。
 ふふふ、すみすみ、待っててね、期待しててね! 今度はアタシがすみすみのことをお祝いしてあげる番なんだから。
 時間はまだまだたっぷりある。
 チャンスはこれからもたくさんある。
 アタシとすみすみが共有できる時間は、もう、半分くらい過ぎちゃったけれど。だけどまだ半分。
 こうしてアタシを元気にさせちゃったのを、後悔しても、もう遅いよ。

 日本の正しいお姉ちゃんの、底力、絶対に見せてあげるから!

―了―