世界平和は一家団欒のあとに〈9〉宇宙蛍

2010年4月27日

stars 悪いね。あの娘のわがままを聞いてやれるなら、世界なんて安いものなんだ、実際。

ある日、軋人と柚島は七美から一人の少女を預かるよう頼まれる。
ナナというその少女を、七美は銀河連邦とともに行った惑星探査の際に拾ったという。柚島の家で世話をすることになり、どちらにより懐くかを無駄に競い合う軋人と柚島だったが、あたりには不穏な気配が漂いはじめ――。
どうやら七美は、その少女をめぐって銀河連邦と対立しているようだった。はたして七美の選択は、そして弟である軋人の取る行動は!?
世界と家族の平和を天秤にかける物語、第9弾!

[tegaki font="crbouquet.ttf" color="CornFlowerBlue" strokecolor1="" strokesize1="4″ strokecolor2="LightSkyBlue" strokesize2="4″]いつか見つける、何よりも大切なもの[/tegaki]

満を持して登場(?)の、星弓家の最終兵器こと七美のエピソード。宇宙を股にかける、七美が、とある星で出会ってしまった少女・ナナを守るために、奮闘するお話でした。

奮闘する、といっても、七美はその圧倒的な最強さ具合から、自らの力を軽々しく振るうことができないというジレンマに陥っていて。宇宙を舞台にしたとき、地球という銀河連邦から見れば未開拓とも言って良いような星を、全人類を、果ては全生命を、文字通り人質として取られてしまっているわけで、その鎖によって縛られてしまった彼女が、どうやって銀河連邦の手からナナを守るか。頼るべきところは結局、身内、星弓家のきょうだいたちに落ち着いてくるのですね。

これまで何もかも自分で解決してきた七美。けれど、今回ばかりは彼女は自ら手を出すことができない。そんな苦悩を知ってか知らずか、手を貸す軋人や彩美は、彼女から頼られたことを少なからず喜んでいるような節もありましたね。過去のエピソードからも分かるように、彼女が取ることができなかった幼かったきょうだいたちへのスキンシップを取れるようになった現在、そこに現れた、ナナという自分の名を分けて与えてあげるくらい大切にしようと思える存在。かつての弟たちの姿と今のナナの姿を重ねたのかどうかは本人のみぞ知るところですが、こと、身内を守ることにかけては一切の妥協を許さない、この一家の真骨頂がここでも発揮されました。

信頼できる家族だからこそ、面倒事を託すことができた七美。そんな彼女の苦悩を理解したからこそ、是も非もなくその思いに全力で、命を賭けることになろうとも応じようとした家族たち。一歩間違えれば、それは世界を破滅させかねない選択だったかもしれないのに、彼らの頭の中にあるのは、どこまでも家族を守るという、ミニマムな願いと強い意志だけなんですよね。これまで、世界と自分を天秤にかけてきた七美と違って、軋人たちが戦ってきたのは、本当に身近な誰かのためだったように思います。そして、ようやく、このエピソードにして、遠くで身を張っていた七美が、軋人たちと同じ場所で、同じように大切なものを見つけることができたんじゃないか。家を空け、人知れず地球のために戦っていた彼女が、新しい家族のために戦おうとする姿を見て、これまでその名の通り“超越”していた七美が、身近な存在だったのだと思わされるようなお話でした。

そして、七美にとっても後を任せることのできる弟の成長を、知ることができたのは大きな収穫だったのでしょう。再び宇宙の深いところへと旅立っていく彼女が、軋人へと残した言葉が、今までのような弟をからかうようなものではなく、弟の成長を嬉しく思う姉らしい言葉だったというのがとても印象的でした。後顧の憂いなく、どこまでも自由に、どこまでも広大に、彼女らしい活躍を支えているのは、やっぱり彼女にとってかけがえのない家族たちなんですよね。誰が欠けてもこのバランスを保つことなんてできない、一家が揃ってこその世界平和を究極的に体現しているエピソードだったんじゃないでしょうか。

物語は、あとがきを見ると、そろそろ完結を予感させられます。最後に残ったのは軋人のエピソードでしょうか。柚島さんとの距離は微妙に近づきつつ夫婦然とした空気を醸し出しながらも、お互いに決定的な一歩を踏み出そうとしないもどかしいふたり。軋人と柚島さんの関係がどうなるかが物語の鍵になるのかな。これまでの9冊、どれも家族というもののありかたを、それぞれの視点から描いてきたシリーズ。事実上家族みたいな関係ですが、まだ、本質的には星弓家に加わり切れていない感じのする柚島さんが、その家族の一員になるような素敵な物語が見れるとしたら、それはとても嬉しいことです。

hReview by ゆーいち , 2010/04/25

世界平和は一家団欒のあとに〈9〉宇宙蛍

世界平和は一家団欒のあとに〈9〉宇宙蛍 (電撃文庫)
橋本和也
アスキーメディアワークス 2010-02-10