聖剣の刀鍛冶 #9 Last Wind

stars 私は未熟だから。全然足りないから。っだ、だから、だから――。ほんのちょっとでいいから、勇気をちょうだい。

激戦をかいくぐったセシリーとアリア。
その影響か、アリアは剣の姿に変化できなくなってしまう。アリアが気に病まないようにと努めて明るく振る舞うセシリーだが、その胸裏を引き裂くように事件が起こる。風の魔剣を操る侵入者にアリアが奪われたのだ!! 囚われのアリアを救い出すべく救出部隊に志願したセシリー。
異国の戦地で、魔剣を持たないセシリーは――!?
壮大なファンタジー叙事、疾風迅雷、一切の静穏を砕き飛ばす破剣の進撃!!

今や押しも押されぬ本作のヒーローとなりつつあるセシリー。普通の物語ならその役割を担うはずのルークも、彼自身が背負っている使命のせいで物語の全面に立つことができない状況が続いています。もともと、このお話が、セシリーの成長とともに歩んできたところがあるだけに、今の展開こそが当初から定められていたような気がしますが、作中における1年という長いようで短い時間において、あの素人同然だったセシリーが、あらゆる意味で主人公としての風格を湛えるに至って感慨もひとしおといったところです。

それにしても、主人公に科せられた運命とはいえ、セシリーに次から次へと襲いかかってくる出来事は、少しも容赦がないのですよね。翻ってみれば、彼女は物語がスタートする遙か以前から、奪われ続けてきていたのではないかと思うのです。彼女が望まぬまま、生まれる以前から定められていた《鞘》としての運命に始まり、この戦いの過程で守ろうとしてきたものを片っ端から奪われ、打ちのめされ、心を折られようとしてきています。普通だったら、それこそ、何度となく自身の命さえも奪われかねないような苦境を経験しながらも、それでも生き抜いてきたのは、ひとえに彼女のすべてを守るという意志と、つねに共にあり続けた相棒の存在が大きかったのですよね。それはルークであり、そして、アリアでもあります。

前巻のラストで、アリアの身に起きた異変。それは、単なる体調不良とか不調とかそんな生やさしい次元ではなく、これから先の戦いにおいても致命打となりかねないような重大な異変。魔剣であり、人ではない彼女にとって、これまで示されてきたかすかな希望の灯が立ち消え、転じて暗闇の絶望へと変わる展開です。そんな容赦ない現実の中、囚われ、希望を断ち切られ、単なる道具として扱われる未来を提示され、それでもアリアは彼女の意志でセシリーのパートナーであり続けることを誰に出もなく自分に誓います。たった一つ、残された可能性という希望の種が芽吹くことを祈り、託し、最後の力を振り絞った彼女。その先にある未来がどんな形になるのか、誰も想像はできない中で、けれど再会を誓ってその身を捧げた彼女。その何よりも固く、切れない絆を、誰でもないセシリーが信じ続けるのなら、その約束は果たされると、そう思えるのですよ。

お話の流れとしては、アリアによって示された可能性は、セシリーにとっての救いでもあり、そしてもしかしたらそれはルークにとっても光明となり得るのかもしれません。聖剣という、未だ完成の見えない最終目標に到達するための、有効な一手となりそうなその手段。彼が置かれている状況もまた、危機的なものではありますが、その窮地を乗り越え、恐怖に塗れたままの過去の己に打ち勝つことができたなら、彼もまた一歩、宿願の成就に近づけるのではないでしょうか。

あんな形で勇気を分け合い、約束を誓ったセシリーとルークなのだから、目の前にある困難などこれまでのように打ち崩して、運命さえも変えてほしいと、思います。

hReview by ゆーいち , 2010/05/23

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