空ろの箱と零のマリア〈4〉

stars 近寄るな。私は、星野一輝の顔をしたお前が――怖い。

「ああ…分かったよ。僕が――僕が、『王』になってやる」
クローズド・サークル『王降ろしの国』。中世風の職業に就き、一度の面談を介し行われるそのゲームの勝利条件は、他プレイヤーを殺して生き残ること――。つまりこれは、“殺し合い”にまみれた狂気のゲーム。
その“騙し合い”のゲームから、未だ抜け出せない星野一輝。彼はついに、事態打開のため自ら“王”となるべく動き出す。カギとなるのは、トリックスターである大嶺醍哉。この空間を作り上げた“箱の所有者”はいったい誰なのか、一輝はついにその真実へとたどり着くが……。
『王降ろしの国』完結編、登場。

醍哉との対決の意志をはっきりと示し、彼に勝利することを決意した一輝。自身がプレーヤとしてゲームをコントロールできる最初で最後のターンにて、一輝は『王降ろしの国』を唯一示されていた惨劇を回避する方法、すなわち誰も殺さずに8日目を迎えることでクリアしようとするけれど……。

いやいや、この物語、ミスリードがそこかしこに仕掛けられていて、種明かしの段階において「してやられた!」と膝を打つことがある種、快感になりつつあるのですが、エピソード完結編である本作でも、見事に「してやられ」ましたね。

そうだよそうだよ、この作品に出てくる登場人物たちって、物語の視点となる一輝と、根本からして嘘のつけそうにないマリア以外は、曲者ばかりだっていうことをうっかり忘れてしまいそうになります。騙し騙され、裏切り裏切られ、信じ信じられ、と人間対人間の心の動きが緻密に計算されて物語が編み上げられているように思いましたね。

展開されてしまった“箱”の特性により、マリアは自分の力を発揮することなく無力化され、この状況を切り抜けるには一輝が単身頑張るしかないというこれまでにはない展開。日常を何よりも大事にしてきた一輝さえも、その信念と対立せざるを得ない二者択一を迫られて、そして、そこで一輝はこれまで気づくことのなかった、自分が本当に守ろうと思っていた日常の意味を悟ります。後書きにもあったように、最後のゲームにおいて割り当てられた役職が、登場人物たちの属性にぴったりだというのにも納得。マリアは誰も彼も守ろうとする良き為政者であったとしても、そんな彼女を守ることのできるナイトは、一輝をおいて他に誰がいるというのか。

作中で突きつけられたそんな事実を、マリアは受け入れようとせず、そして一輝はそんなマリアの拒絶さえもはねのけて、誰も見向きもすることのないほんとうの彼女への再会を誓います。マリアの拒絶は、それまでの自分が否定されることよりも、自分の信念・使命が否定されることよりも、誰にも見せたことのないはだかの自分が暴かれてしまうことへの恐怖から生まれているのかもしれませんね。作品タイトルにもなっている『零のマリア』の意味がそういうことだったのかと、納得です。

それにしても、今回はお話の構造が複雑だったかな。素直に醍哉が黒幕だなんて最初から思えていなかったけれど、今回の“箱の所有者”の成り立ちと結末は、後味悪いものでした。いや、その行為に対する報いとしては相応のものであるけれど、あとに何も残らないような結末は、やっぱり切ない。現実世界の人間関係にまで、大きな亀裂を生み、さらに破滅的な結末へと向かいそうな風を感じるだけに、この事件でさえも、さらなる悲劇の幕開けにしか過ぎないように思えるのですよね。

だからこそ、エピローグで戻ってきた平穏な日々の描写が空々しく映り、あっさりとその世界が打ち砕かれ、一輝がまた彼でなくなるかのような選択を迫られてしまう悲壮な展開が用意されているのではないかと感じています。マリアにさえ変わってしまったと、本人であると認識されなくなるような変貌を遂げようとしている一輝はどうなってしまうのか、マリアはそれをどう受け入れるのか。ふたりの関係の先行きもまた暗雲が立ちこめてそうです。

hReview by ゆーいち , 2010/06/20

空ろの箱と零のマリア〈4〉

空ろの箱と零のマリア〈4〉 (電撃文庫)
御影 瑛路
アスキーメディアワークス 2010-06-10