煉獄姫

stars はい、アルテミシア様。仰せのままに。ならば僕は生涯を、あなたの横で過ごしましょう。

現世のひとつ下の階層に位置する異世界【煉獄れんごく】。そこに満ちる大気は有害であり、一方で人の意志に干渉して森羅万象へと変化する性質を持っている。
瑩国第一王女であるアルテミシア――アルトは、その煉獄へ繋がる扉を身の裡に孕む特異体質の持ち主だった。常に毒気を身に纏い近寄る者すべてを殺してしまうが故、普段は呪われた子として城の地下牢に幽閉されている。
しかし彼女は時折、外の世界へ出る。従者である少年騎士フォグと共に、王家の密命を受けて。煉獄の毒気を練り超常を操る【煉術師れんじゅつし】として――。
策謀と毒気が渦巻く都市【匍都ハイト】で繰り広げられる薄闇の幻想物語、開幕。

藤原祐の贈る新シリーズ開始。

現代以外を舞台にしたお話は『ルナティック・ムーン』以来とかなり久しぶりですね。あちらは SF の雰囲気漂う世界観だったのに対して、今作はヨーロッパの都市を彷彿とさせるファンタジーな世界観ではありますが。作中で使われる用語からして、しっかりと設定を練り上げているようで、いちいち漢字にルビを振ってことばを作っていたりと、和洋が入り交じった独特な世界が舞台のようですね。

この世界での魔法的な技術【煉術】は、その技術が産業の根幹に根付いていたりと、使い手を選ぶ特殊な技術なものの、世間一般に認知されているもののようですね。異世界・煉獄からの恩恵を受けながらも、それを操るには、人間にとっては毒となる煉獄の毒気に身をさらし、命を削らなければならないという普通なら一般の人間が望んで手にしようとは思わない力。本作は、そんな煉獄の力を操る煉術師たちの物語でもあり、その異端である存在の中で、さらに異端ともいえる存在となる少女・アルトと、彼女と共に在ることを自ら定めた少年・フォグの物語であります。

瑩国の第一王女でありながら、その身体に隠された重大な秘密ゆえに公的な存在を抹消され、道具として扱われる日々を過ごさざるを得なくなってしまったアルト。唯一、人間として彼女に接することができるゆえに、アルトにとって誰よりも自分に近い存在として、彼女と共に生きることを決めたフォグ。ふたりの境遇は、端から見れば報われることのない未来など見えない囚われの身に等しいがんじがらめのように思えます。けれども、物語冒頭で語られる、たったひとりのアルトと、たったひとりのフォグの出会いを経て、ふたりになった彼らの世界は、決して孤独ではないということも分かります。ふたりと、アルトの世話係である侍女・イオを加えても三人にしかならない狭い世界だけれど、それが彼らに与えられた安寧の世界なのだと分かります。

しかし、そんな安寧を守るためには、アルトとイオは、その手を汚さなければならないという矛盾がそこにはあって。アルト自身は、彼女自身の幼さゆえに、自分の行っていることが、どういう意味を持っているのかを本当の意味では理解しておらず、むしろフォグの方がアルトの身を守るために、仕方なく彼女を連れ、戦いに身を投じているようですね。気を抜けば、あるいは選択を誤れば、フォグもろともアルトの存在は本当に消されてしまうという逃げ場のない状況での仕方なしの選択とはいえ、無邪気に人を殺めるアルトの姿を、フォグが望んでいるとは思えないだけに、彼らの境遇のままならなさ、無力感がより引き立てられているような気がします。

だからこそ、物語の後半で、アルトに訪れた人間らしい交流のチャンスは、フォグだけでなく、読者にとっても一時の安らぎだったのかもしれません。この世界が、そんな安息を許すことなく、煉獄の姫たるアルトにとっては敵以外が存在しない世界であることを忘れてしまいたくなるほどの。そして、その運命から逃れることなどできないということを思い知らされるのも、すぐなのですが。

この辺りは、さすがに手慣れた容赦のなさですね。持ち上げておいて、叩き付けるように落としてくれます。人間でなかったのならどれだけ楽なのだろうか、感情を持っていなかったらどれだけ幸せなのだろうかと、そう思わざるを得ないような展開で、物語はアルトを追い込んでいきます。けれど、そんな世界に生きているからこそ、アルトはフォグの手を離さないし、フォグはアルトに手をさしのべ続けるのでしょうね。彼女にとって、唯一無二の、触れることのできる友人のような兄のような恋人のような少年を求め続ける小さな少女。彼女の未成熟な感情が求める彼は、彼女にとってどんな存在へと変わっていくのか、今回のエピソードを通じて、アルトの中には感情の小さなさざめきが生まれたようにも思えるので、少しずつ成長していく彼女の姿を見ていくことができるのでしょうか。

そして、ラスト。この展開こそが真骨頂ともいえるような嫌らしい引きですね。この先のどこかで、真実が明かされたときどんな悲劇が生まれるのやら……怖くもありますが、それ以上にその先を見てみたくなります。

世界観の説明と、配役の説明も兼ねた導入部分のような物語ですが、先を期待させるには十分なストーリー。重く切なく狂おしく、そして、少しだけ優しい、そんなお話になっていくのでしょうか?

hReview by ゆーいち , 2010/09/23

煉獄姫

煉獄姫 (電撃文庫)
藤原 祐 , kaya8
アスキーメディアワークス 2010-08-10