なれる!SE 7 目からウロコの? 客先常駐術

2012年8月20日

stars 私が上司なのに、私が先輩なのに、いつもいつもあんた主導で話が進んでって。これじゃどっちが上だか分かったもんじゃないわ。どうせ今回もあれでしょ? 客先に綺麗な女担当者がいて、あんたとイチャイチャしてそれで問題が解決するのよ。私の指導力なんか全然関係ないんだから。

毎度おなじみの社長の強権発動により取引先のオフィスに常駐勤務となった工兵と立華。
常駐先は国内最大手のコンピュータ企業で、なんと藤崎の古巣だという。大企業なので、さぞかし豪華な業務環境に違いない……、と勇み立つ工兵だったが、待ち受けていたのはプロジェクトルームと呼ばれる、理不尽かつ不自由極まりない場所だった!
いつもと勝手が違う環境で二人は苦境に立たされるが、そこで工兵が見出した一手とは!?
萌えるSE残酷物語第7弾!

[tegaki size="36″]どうあがいても絶望[/tegaki]

先生、待って下さい! 「萌えるSE残酷物語」から「萌える」を取ったら地獄しか残りませんでしたよ!?

うああああ、今回は本当にシャレにならない案件な気がする。そして、このエピソードを一巻目のプロットとして考えていた夏海公司という作家のドSっぷりに戦慄するほかないですね。これがファーストエピソードだったら、バッドエンドルートしか浮かびませんよ?

ということで、今回は冗談抜きに萌え要素とかそんなのにキャッキャウフフする余裕を感じられないくらいに、心が折れる一歩手前まで追い詰められましたよ、ええ。これ、リアルに巻き込まれているひとが読んだりしたら、あとは分かりますね? な展開になってしまうギャー!

超大企業の常駐勤務、どんなものかとワクワクして行ってみたら、予想通り、いや、予想をはるかに上回るとんでもないシチュエーションだったという、一歩間違えずともホラーな物語。これ、フィクションだと思えればまだ楽なのに、むやみやたらに現実感を覚えさせるから「はは……」なんて乾いた笑いを浮かべ頬を引きつらせることしかできないんですよね。

私はこういう経験は幸いにしてないけれど、意味が理解できるだけでここまで背筋が凍る思いをするとは、現実にこういう現場に立ち会っているひとの無事を願わずにはいられません。

と、なんだか感想を書いてるのか、わが身の安全に感謝しているのか分からない文章ですが、今回の話はかなり危険。今までもたいがいひどいと思っていましたが、上には上が、下には下があると思い知らされるエピソード。何気に藤崎さんの過去の話とかも絡んできて、世界観の広がりを感じる一冊になっています。

前巻の短編集で、一区切りが付いたのか、物語的には今回が初の続き物のエピソードかな。この悪夢のような案件から命からがら撤退――そう、工兵や、さらには立華のスキルを持ってすら圧倒的物量の前には生き延びるのが精いっぱいという――できたかと思えばさらなるピンチが待ち受ける? なんだかんだで上手いこと立ち回ってきたスルガシステムにも暗雲が立ちこめてきた気配? 一難去ってまた一難というこれまでの負債が一気にのしかかってきたような展開に、今までのどこかすっきりする読後感など感じる余地もありはしないというものです。続きマダー?

にしても、返す返すもひどい話ですね。結局、今回のエピソードは起であり、続く物語の前哨戦にしか過ぎないのでしょうか。大企業の論理と、そこで働くことの意味。社内政治。プロであることの矜持。身体を壊しても、それでも働かなければならないのか? 冷徹なまでに区分けされる一山いくらの労働力と雇用主の断絶。もう、現実に絶望するしかないじゃない! といわんばかりの心が痛くなるお話ですが、考えてみれば夏海公司という作家が描く物語って割とそういうところがあったなあと。ほら、そこのあなた、未読なら「葉桜が来た夏」を今すぐ読むんだ! こういう派閥の対立と文字通りの命がけの丁々発止が楽しめるから。ああ、なるほど、今回のお話、雰囲気が違うなあと思ったけれど、前シリーズの、そういうシビアなところの味が濃くなっているのかもしれないですね。「萌える」という修辞はかなり色あせてしまいましたけれど、ストーリー的には深みを増してきてるんじゃないですか?

次巻は引き的には梢さんも巻き込んだ話になりそうですが、彼女も単なる壊れキャラじゃなくできる女であるところをしっかりと描いてくれそう。今回も今回で、工兵のよきアドバイザーとしての役割を十全につとめてくれましたが、それ以上に色ものキャラ的な描写がさらに加速しているような。目からハイライトが消えるとか! ナイフとフォークを持って席を立つとか!! しれっと工兵を旦那呼ばわりとか!!! 彼女の脳内がかなりヤンデルようなのですが、大丈夫ですか、もしもし?

続き物ですから、今回登場した新キャラの貝塚さんとかも引き続き出てきそうですね。藤崎さんとの因縁浅からぬ彼女は、まだ約束が果たされていない状態で、おめおめと引き下がるような性根の持ち主ではなさそうだし。過去のこれまた苛烈な経験が、彼女をこうしてしまったのだとしたら、その原因となった藤崎さんに報いは訪れるのでしょうか。穏やかそうに見えながら、ヘヴィな過去が語られて、それを経たからこそ今の彼になったのだとしたら、「魔窟」と称される古巣と関わってしまった工兵と立華についても、もはや「二度と関わらない」という願いは叶いそうにないですね。

今回のエピソードはヘコみます。夢も潰えます。萌えません。萌えられません。ただただひとが奴隷へと堕とされる現代の暗部、その一部はこんな場所にもあるんだなと思わせられる文字通りの残酷物語です。

心が弱っているときは読まない方がいいかもしれません。天井を見上げながら、何事かをつぶやきたくなったらきっと手遅れですから。

hReview by ゆーいち , 2012/08/10

なれる! SE 7

なれる! SE7 目からうろこの?客先常駐術 (電撃文庫 な 12-12)
夏海公司 Ixy
アスキー・メディアワークス 2012-08-10