しあわせはつづいていく – 遥かに仰ぎ、麗しの ショートストーリー

本日『遥かに仰ぎ、麗しの』発売から10年ということで、過去に参加した同人誌「PULLTOP10周年記念合同本」に収録されています、拙作を当サイトでも公開させていただきます。

思えばこのSS自体も「PULLTOP 10周年」を記念する意味で10年という時間を意識して書いたものでした。作品自体が世に出て10年を経たタイミングでの再公開もまたありなのではないかなと思います。

当サイトでの公開にあたって問い合わせをした際、ご快諾をいただきました サークルDLK 暇人様にも感謝申し上げます。

しあわせはつづいていく

 色とりどりの花が咲いているようだ。
 ひとりどころか、数人で横になっても、なお余裕のありそうな特大のベッドの上に咲き乱れているのは、様々な色をした服という名の花だ。
 その花に囲まれ、難しい顔をしているのは、この風景を作り出した張本人だ。
 次から次へと運ばれてくる服を姿見の前で掲げてみては首をかしげ、ベッドへと放り投げていく。どの色が自分に似合うのか、とっかえひっかえしながら悩み続けてどれくらいの時間が経ったのか。最初のうちは、物珍しさも手伝って意見していた僕も、さすがに疲れてしまっていた。
 けれど、当の本人は真剣そのものといった表情。普段は滅多に見ることができないようなまじめそのものといった顔つきで、よくもまあ、これだけ取りそろえていたものだと感心しさえするほどの、大量の選択肢に頭を抱えそうになっている。
 さりとて、
「なあ、さっきのやつでいいんじゃないのか?」
 とか言っても、
「司、お前さっきも同じこと言ったぞ。もうちょっと真剣に、あたしの服選びに付き合えんのか!」
 とか反論してくるし、一体どうしろと……?
 だいたい、僕に意見を求めてきたのは、ほかならぬ君――みやびじゃないか。
 僕が、そんなセンスはないからと言って固辞しようとしても首根っこを引っ張る勢いで強引に参加させたのに、少しも参考にしようとしない。
「あー、もう、なんでこんなにあるのよー!?」
 あげくのはてには、そんなことのたまって逆ギレ気味にベッドの上で足をばたばたさせるわ。
 こら、レディがはしたない。そんなふうに暴れたらスカートの中が……。
 とか、火の油を注ぐようなことを言っても、この状況が長引くだけなので、ぐっと我慢。
 ――と言っても、さすがの僕も、何時間も答えの出ない問答を続けていると、どうかという気になってくるわけで。
「ふふ、御嬢様。もうそろそろお決めになってはいかがですか?」
 ナイスタイミングで助け船を出してくるのは、僕とみやびだけのメイドさん。
「お疲れ様です、マイロード。この子に付き合ってお疲れではないですか?」
 こんなわがままに付き合わされているのには慣れっこなのか、ソファに身を沈めている僕に、苦笑を浮かべながらカップを差し出してくる。
「ありがとう、リーダさん」
 どういたしまして、と頭を下げるリーダさんにもう一度心の中で感謝をして、淹れられたばかりのコーヒーの香りを楽しむ。
 自分で淹れていたときとはずいぶんと違う高級な香りと味にもすっかりと慣れてしまったと気付いたのは何時だったろう。そんな益体もないことを考えながら、僕はカップに口を付ける。
「うん、今日も美味しいよ」
「ありがとうございます」
 こんなやりとりももはや日常。
「またあたしを無視して、ふたりだけの世界を作っちゃって……」
 そんな嫌み交じりに彼女がむくれるのも日常。
「そんなことはありませんよ、御嬢様?」
 みやびにもカップを差し出しながらリーダさんが言う。
「そんなことあるっての。もう、リーダは司に甘すぎるの! 女心の分からない唐変木にはびしっと言ってやらなきゃいけないでしょ?」
「唐変木って、そこまで言うかな、みやび……?」
「ああ、言ってやるとも! 肝心なときに役に立たないチキン野郎め。あたしにとっては一世一代の大勝負なんだから少しは役に立ってみせろ!」
「そんな大ごとでもない気がするけどなあ」
「大ごとなの!!」
 そんなものかなあ? ずず……と僕はカップに残っていたコーヒーを飲み干す。
「どうしてあんたは何時も何時でも呑気な顔していられるのかしら。正気を疑うわ」
「さすがにひどいな、みやび」
「ふん! なら少しは気合いを入れてあたしの勝負服選びを手伝うんだ!」
「大丈夫だって、滝沢のひとたちはそんな細かいこと気にしないから」
 何も言わずに実家を訪ねようとか何を考えているんだか、この子は。いきなりそんなことを言い出したものだから、そもそも連絡する時間が取れていないってのに。
「うるさい。お前があたしたちに何の断りもなく里帰りしようと企んでいるからだ!」
 ベッドの端にちょこんと腰を下ろしながらも、偉そうに胸を反らすみやび。
「いいだろ、個人的な用事なんだから?」
 土日を利用しての里帰り。学院に来てからは電話ばかりで不義理をしていたけど、生活も落ち着いてたまには親孝行でもしてみようかと、そんなことを言ったばかりにご覧の有様だ。
「よくない。それに、どうせいつかは会うことになるんだから、早いに越したことはないだろう」
「へ? 『いつかは会うことになる』?」
「というか、それは司の役目のはずだぞ!? なに他人ごとみたいにしてるのよー!?」
 だだっ子のように両手を振り上げ、足をじたばたさせて全身で不満を訴えるみやび。
「マイロード。御嬢様は滝沢の御両親に司様から御紹介して頂たいと、そう仰っているのです」
「リ、リーダっ! ……確かにそうだけど」
「もう、御嬢様も仰りたいことがあるのなら、はっきりと仰らないと。司様はこのように朴念仁でございますれば」
 リーダさん、何気にひどい。
 唐変木に朴念仁か……僕はもう燃えて灰になってしまいそうだ。
 ――でも、僕だって、そんなことを考えていなかったわけじゃないぞ?
 ただ、時期尚早かなと思っていただけで。
「マイロード。問題の先送りは、なにも解決しませんよ?」
 小首をかしげたリーダさんに、たしなめるように言われてしまう。
「……申し訳ない」
「ほら、司。反省したならもう一度だ。あたしの服が決まるまで今日は寝られないと思え!」
「はいはい、お姫様」
「あ、リーダ、これありがと」
 くい、と細くて白いい喉を見せながら、みやびがカップを空にする。
 リーダさんは、みやびからカップを受け取り、僕のものと一緒に持って退室しようとする。
 僕はそんな彼女を呼び止める。
「あ、リーダさん待った」
「はい?」
「みやびの服を選び終わったら、次はリーダさんの番だからね?」
「え? わ、私で御座いますか?」
「うん。問題の先送りはなし、でしょう?」
 戸惑いの色を浮かべる彼女に僕は微笑む。
「うん、そうだな。リーダも司に服を選んでもらうといい。あたしといっしょだ」
「考えてみたら、リーダさんの私服って数えるくらいしか見たことないしね」
 それこそ、いつかの外出のときと、いつかのパーティのときくらいか。
「滝沢の両親に紹介するのなら、もちろんリーダさんもいっしょだから」
 僕たちは三人で幸せになると、そう決めているのだから。
「だから、リーダさん。変な遠慮はなしね?」
「そうだぞ、リーダ。せっかくこいつがやる気になったんだ。司好みの服を選んでもらってこいつの目を覚まさせてやろうじゃないか」
 あっという間にみやびは僕の隣りへと座る場所を移し、僕の膝をぽんぽんと叩きながら言う。
 こうして、みやびにまで後押されてしまったら、もはやリーダさんに、断るという選択肢なんて選べないのはよく分かっている。
「分かりました。お手柔らかにお願いいたします」
 困ったように、けれど嬉しそうに、彼女は言う。
 その希望を僕たちが聞き入れたかどうかについては、この日の就寝時間がいつもより大幅に遅れたということで、分かってもらえると思う。

§

「ふぁ……」
 隣で大きなあくびをする気配。
「みやび、さすがにはしゃぎすぎだったんじゃないかい?」
 普段ならとうに夢の中にいる時間。あれでもない、これでもないとみやびとリーダさんの服選びは大騒ぎの一語に尽きた。
 女の子の買い物は長いというけれど、その前準備の衣装選びでさえも、こんなに時間をかけいるとは、ある意味では尊敬さえしてしまう。
 僕の方は、単なる帰省なんだから、着の身着のまま最低限の荷物を持っていけばいいと思っていいたのだけれど、そんなことを言ったら、みやびにさえ軽く呆れられてしまった。
 曰く。
『両手に花で里帰りする男がそんなみすぼらしい格好でどうするんだ女に恥をかかせるのか!』
 だそうで……。
 あれ? リーダさんも無言でうんうん頷いていたってことは、みやびと同意見てこと?
「やれやれ」
 思わず苦笑がこぼれ落ちる。こんなふうに賑やかなのも悪くない。遠回しな遠慮などせず、言いたいことを言って、気持ちをストレートに伝えてくるみやびやリーダさんの態度が心地好い。
「なんだ、司? ……その、あたしだって少しは悪かったと思っているんだぞ?」
 間近で僕を見つめるみやびに、視線を合わす。
 眠気よりも、別の感情で瞳を小さく揺らしているみやびの頭を、僕は無言で撫でる。
「ん……」
 そうすると、みやびはくすぐったそうに、気持ちよさそうに、身をよじって眼を細める。
「そんなこと気にしないよ。君たちと同じように、僕もずいぶんと無遠慮になったなと思っただけだから」
 みやびは僕の手を取り、自分の頬へと導く。
 僕はみやびの肌理の細い肌の感触を、指先で感じる。
「ふん。司が遠慮していたことなんて、あたしの記憶の中にはほとんどないぞー?」
 言葉の内容とはうらはらに棒読み気味な台詞回し。そうして、みやびは、頬を撫でていた僕の指先を小さな口でぱくりとらえ、甘噛みしてくる。
「こらこら」
「んー?」
「ま、いいけどね」
 言いながら、僕はお返しとばかりにみやびの口内の弱い場所を指先でつつく。
「ひゃん!? も、もう、司、意地悪だ!」
 僕の手がこれ以上悪さをするのを止めるためか、みやびが両手で僕の手を掴む。
 それは、小さな手。温かな手。僕が守ると決めた手。僕を離さないと誓ってくれた手。たいせつなひとの、小さな手だ。
 かけがえのない温もりを伝えてくるみやびの手を、僕は壊れ物に触れるように優しく握り返す。
「……つかさ?」
 多分、そんな僕の内心は、今のみやびになら言葉にしなくても伝わるんだろう。
「先に言っておくけど、みやびたちが期待しているほど、立派な家じゃないぞ、きっと?」
 こうして軽口を返しても、きっと本当の気持ちに気付いてくれる。
「……そんなこと、司に言われなくても分かっているわよ。でも、知りたいと思うのはいけないこと?」
 それは単なる興味本位ではないのだ。僕自身を知ってくれたみやびたちが、僕のことをもっと知りたいと思うこと。僕の家族のことをもっと知りたいと思うこと。それは自然なことだから。
「……いや。確かにそうだね。いつか、もしかしたら義理の父母になるかも知れないひとたちだ。むしろ、みやびたちが言うように紹介するのが遅すぎたのかも知れない」
「ぎ、義理のって……」
 うーん、でも僕の方は逆にそんな機会はないだろうなあ。
 なんせみやびの家族と言ったら、天下の風祭の頂点に立つひとたちだ。僕なんか門前払いが関の山。それ以前に、僕たちの関係はまだ公にすることなんでできない危ういものなのだから。
「な、なあ、司?」
 僕のそんな考えなどお構いなしに、みやびはうわずった声で訊いてくる。
「ん?」
「お前の御両親、あたしもお義父様、お義母様って呼んだ方がいいのかな?」
「いや、さすがに気が早すぎだと思うな」
「そ、そうかな?」
「そう呼んだら、きっと喜ぶと思うけどね」
 年甲斐もなく声を上げて嬉々とする滝沢の両親の姿がありありと想像できてしまう。
「でも、実際にそうなるのにはもうしばらく時間も必要だろうし、僕としてはお互いがお互いのことを少しでも知ってくれたら嬉しいよ」
「そうか。そうだな……」
 僕だけだと思っているところに、みやびとリーダさんを伴って帰省したら、どれだけ驚かれることだろう。そんなことを考えると、このちょっとしたサプライズは、良いアイデアに思えてくる。
 驚かれるだろう。けれど、それ以上に喜んでくれるだろう。僕を僕として育ててくれた、あの優しい家のひとたちが、僕たちを祝福してくれるのなら、それは僕にとっても嬉しいことだから。
 だから、僕は確信する。
「父さんも母さんも、きっと君たちを受け入れてくれるさ」
「そうだな、お前をあたしたちに出逢わせてくれた御両親だもの。きっとすてきな方なんだろう?」
 そうでなければ、僕はここにはいない。どうなっていたのかもわからない。僕たちが出逢えなかった未来なんて、今ではもう想像することもできないのだから。
「家族のひいき目は置いておくとして。いいひとたちだよ。僕にとっての誇りそのものだから」
 そう言えるようになった自分を、僕は少しだけ誇らしく思える。
「……うん。それも知ってる」
 いつも僕のそばに居てくれる彼女たちを、僕が誇らしく思えるように、滝沢の父と母も僕のことを誇りに思ってくれるのだろうか。
 そうだと思う。そうだとしたら嬉しい。
 かすかに灯る照明の明かりの中、みやびはなぜか僕を眩しそうに見つめ、そして目を閉じた。
「そろそろ寝る。おやすみ、司」
「ああ、おやすみ、みやび。寝坊するなよ?」
「そのときはお前が起こしてくれ」
 返事の代わりに僕は彼女に口づけをする。
 数え切れないくらいに唇を重ねた僕たちは、眠る前のささやかな儀式を自然に交わす。
 手と手はつないだまま。温もりはつながったまま、僕もまた目を閉じる。
 次に目を開ければ明日が来る。
 そんな繰り返しの毎日を、僕たちはこれからも送っていくのだ。
 今日よりも明日、明日よりも明後日、僕たちは歩んでいく。幸せになるために。 
 このつないだ手のように、決して別たれることなく、僕とみやびとリーダさんの三人で。
 きっと、一年後も十年後も、僕たちは欠けることなく続いていくのだ。かけがえのない家族になっていくのだ。
 だから。
『これから先、あなたたちはどうなっている?』
 こう意地悪く問われても迷いなく答えられる。
 僕はきっとこう答えるのだ。

 ――今よりも、もっと幸せになっている、って。
 

§

 ちなみに。
 僕たちがこの後、滝沢の家を訪れたときに父さんに言われた言葉は、
「司が美人な嫁と小さい娘を連れてきたー!」
 で、それに対してみやびが、
「嫁はあたしだこんちくしょー!!」
 と叫んだりしたけれど、それはまた別のお話。