ソードアート・オンライン〈2〉アインクラッド

2009年11月20日

stars レベルなんてただの数字だよ。この世界での強さは単なる幻想に過ぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。だから、次は現実世界で会おう。そうしたら、また同じように友達になれるよ。

ソードアート・オンライン〈2〉(書影大)

クリアするまで脱出不可能のデスバトルMMO『ソードアート・オンライン』に接続した主人公・キリト。最上階層を目指す“攻略組”の彼以外にも、様々な職業や考え方を持つプレイヤーがそこには存在していた。彼女たちはログアウト不可能という苛烈な状況下でも、生き生きと暮らし、喜び笑い、そして時には泣いて、ただ“ゲーム”を楽しんでいた。ソロプレイヤー・キリトが彼女たちと交わした、四つのエピソードを、今紐解く。

[tegaki font="dfgot_p.ttc"]キリトさん、フラグ立てすぎッス![/tegaki]

前巻で『ソードアート・オンライン』というゲーム自体は(制作者の予期せぬ形であるにせよ)攻略されてしまって、それがどう続くのかと思ったら、そこへ至るまでの主人公・キリトの道程を描いた短編集でしたね。1巻でさわりだけ語られた、キリトがかたくなにソロ・プレーにこだわる彼の心の形とスタイルを築き上げる原因となったとあるパーティで過ごした幸せな時間と絶望にまみれた崩壊を描いた短編を最後に持ってくるあたり、時系列順でない語り口に構成の妙が伺えます。

にしても、キリトが関わってきたのは女性キャラだけじゃないだろうに、この物語で関わった女性プレーヤーたちとことごとく心を深く通わせ、彼女の心を奪ってしまう生粋の女殺しっぷりはいったいどういうことなんだ(笑) 1巻の印象だと、彼はかのトラウマのせいで他者と深く関わるような生活をしてきていなかったように思えたけれど、そんなことはさらさらありませんでしたね。気まぐれなのか慈善事業なのか、ふらりと手をさしのべた相手を助けるばかりか、その心にするりと入り込んでしまう手練手管……恐ろしいヤツめっ! 現実世界に帰還した後、彼女らとの再会があったとき、肝心の本命であるアスナの中のひとと他の女の子とのリアルでのラブバトルが発生したりしなかったり!?

以下各章の感想とか。

黒の剣士

命が失われるということにどうしようもない恐れを抱いていた時期。目の前で大切な命を失い、泣いているひとがいたら……。

それはもしかしたら、自分が果たせなかった願いを他者の同様の願いを叶えることで贖罪しようという自己満足もあったのかもしれませんね。心通わせたパートナーが失われてしまう喪失感がどれほどのものか、キリト自身はその身にいやというほど思い知らされていたわけですから。

ともあれ、ダークな雰囲気をまとっていたキリトも、シリカとの出会いと、妹のような彼女との交流を経て少しだけ柔らかい感じを取り戻してきたのかも。

あとはまぁ、悪者退治のキリトさんぱねえッス! 主人公TUEEEE!をこれほど地でいくキャラもなかなかいないだろうなあ。圧倒的じゃないか!

心の温度

鍛冶屋の少女リズベットに武器の製造を依頼したキリト。二刀流という特殊なスキルを十全に発揮するため、どうしても強力な剣がもう一降り必要。これもまた、本編内でキリトが手にしている剣の出自が語られるというサイドストーリーになってましたね。

キリトと同年代のリズはアスナの友人でもあるということで、会話なども気さくに交わされていた感じ。第一印象は最悪なのに、一緒にいるうちに惹かれていくというのは鉄板ながらもやっぱりにやけてしまう展開。恋と友情の狭間で悩んだ末に出した彼女の答えと別れと、そしてずっと捨てられない思いを抱えたまま現実へと帰還していった彼女。現実世界での再会がどんなものになるのやら。

朝露の少女

本編終盤、アスナと結ばれたその後のひとときの休息の合間に起こったエピソード。

いきなり子持ちかよ!? とか思いつつも、そんな擬似的な夫婦生活・親子生活を楽しむふたり。少なくない数が存在するはずの年少組のプレーヤーたちだったり、あるいは攻略をあきらめてしまったプレーヤーたちだったりの、ただただ上を見ることしか考えていないプレーヤーが伺い知ることのできない生活が描かれていたのが興味深かったですね。ある種、その他に分類されるようなひとびともその世界で生きているのだと、そんなことを実感させられました。

前巻でもいけ好かない高慢な態度で描かれていた“軍”についての始末記にもなっていましたね。上があんなに腐って、さらに生きることに必死な連中をいたぶる快感に目覚めてしまったらそりゃ堕落するわという、さもありなんな結末でしたが、そこへ至るまでの死闘と未知の敵のプレッシャーは随一、最強クラスのキリトさえ畏怖を抱かせるその威容は下手すると前巻ラストバトル以上の緊張感だったかも。

そこで散ってしまったユイの心の結晶を抱き、夢を語るアスナとキリト。てか、アスナさん、現実世界でもキリトとの間に子供作る気満々ですねっ!?

赤鼻のトナカイ

ああ、これはトラウマになっても仕方ない。自身の慢心と優越感に浸りたいという浅はかな思いと、そして何よりも他者に嫌われることへの恐れがない交ぜになって取り返しの付かない事態を引き起こしてしまった、キリトにとってまさに悪夢のようで、けれど決して忘れることのできない悲劇。

もともとゲーム内でも羨望と嫉妬の対象となっている『ビーター』のひとりとして攻略に参加していた自分が、プレーをしていて初めて得ることができた暖かい居場所。自分を偽ってでもその温もりを守ろうとした、その選択が後々の崩壊を作るというのが皮肉に過ぎますね。

作中でも「死」についてはこれでもかと恐ろしく描かれていましたが、この短編の中で、キリトの目の前で生まれてしまった死というものは、他所で描かれたそれに比べて圧倒的な絶望感を持って迫ってきたような感じですね。

これがあるからこそ、この後の彼の行動の根っこにあるのが何かというのが分かるのですが。とにもかくにも、最後のサチからのメッセージは反則です。あれはともすると呪いのようなものでしょう、それに囚われてしまったキリトは、今後さらに必死に己を磨き攻略を目指すことになるのでしょうけれど。そして、その戒めが解かれるには一年近い時間が必要とされる、とにもかくにも重くて切なく悲しいエピソードでした。

hReview by ゆーいち , 2009/11/08

ソードアート・オンライン〈2〉アインクラッド

ソードアート・オンライン〈2〉アインクラッド (電撃文庫)
川原 礫
アスキーメディアワークス 2009-08-10