ぼくはもう、おまえの檻なんかじゃない。ミネルヴァのために、這いずり回ってでも生き延びて、戦う。そう決めた。いつかおまえを捕らえて、つなぎとめてやる。おなえなんかに喰われるものか。ぼくは――。
命運を喰らう《獣の烙印》を持つ少年クリスと、予知能力を持つミネルヴァ。彼らが身を置く銀卵騎士団は、遠征軍と将軍デュロニウス軍とに挟まれて窮地に陥っていた。そんな中、デュロニウスは「クリスを差し出せば攻撃はしない」と脅しをかけてくる。仲間を守るため、クリスは捨て身の作戦を考えた。それは、《獣の烙印》の力が最も活性化する新月の夜に投降し、冥王の力でデュロニウスを倒すという、危険な賭けだった。
[tegaki font=”mincho.ttf” color=”DimGray” strokecolor1=”WhiteSmoke” strokesize1=”6″]――ぼくはもう、ひとりじゃない。[/tegaki]
プリンキノポリ奪還に成功したのもつかの間、聖王国軍の圧倒的へ威力に取り囲まれ逃げ場のない銀卵騎士団。聖王国軍を指揮するデュロニウスの暴虐に対して、フランチェスカが取った起死回生の一手は、まさに薄氷を渡るかのような危険きわまりないもので。
いやぁ、これまでの巻にも増して、クリスの追い詰められっぷりが半端ないものになってきた第3巻。敵対するデュロニウスは実の父親で、けれど自らの野望のためには血のつながりなどあっさりと切り捨てるような冷酷さと非情さを併せ持つ男。その危険な意志と策は、銀卵騎士団へ向かうのではなく、むしろ弱き市井のひとびとへと向けられ、味方から生け贄を差し出させるかのようないやらしい悪意に満ちたもので何とも非道。
自分の身を危険にさらし、それでも皆を守ろうとするクリスの思いさえも蹂躙するデュロニウスの烙印の力。呪われた力を宿すものたちの殺し合いを繰り返すたび、クリスが敵を手にかけるたび、彼の身に宿っている獣の力が増し、守ろうとしているはずの周囲の皆の命さえも脅かそうとするのは皮肉ですね。クリス自身が、自分の命の価値に重きを置かないのも、そんな穢らわしい力を忌避しているからのようだけれど、今回の戦いを通じて、そしてミネルヴァたちとの出会いと、何よりも同じ境遇にあるけれど正反対の生き方をしているジュリオとの出会いが彼の中で何かを変えていったかのよう。
もう、望んで死へと向かい、死に損なうことに絶望し、自分の心を壊していく彼の姿はなくて、生きるために、守るために、自らの身に巣くう獣さえも飼い慣らし力とし、戦うことを選ぶ決意を果たしたことで、彼の成長がはっきりと実感できましたね。浅からぬ因縁を持っていたデュロニウスとの決着は思ったよりもあっさりしたものですが、そこに至るまでのクリスのいじめられっぷりが悲惨で悲惨で、あの逆転を手放しで喜んでいいものやら……?
悲壮な覚悟といえば、フランチェスカが今回行った作戦もまた多大な犠牲の上に成り立つ逆転の手。誰かにその罪を告白して心を安らげることなど決して赦されないと、何よりも自らに課しているフランチェスカ。その心を汲み、同じように自分の甘さを殺し、ただ目的のために指揮を執るパオラもまた、同様の覚悟をもう一度刻み込んだかのようですね。フランチェスカが掲げる大目標のため、駒となることを厭わない騎士団の面々の覚悟もまたなまなかなものではないと思い知らされる戦いでしたね。
そんな覚悟が皆を変えていったエピソード。エピローグではミネルヴァたちの師・カーラがついに登場。自分が戦いを楽しむためにミネルヴァたちを敵対するように育て上げたという享楽主義者にして圧倒的な実力者。彼女の登場でまたパワーバランスが危ういものになりそうですが、戦場での師弟の再会が果たしてどのようなものになるのか、期待して待ちたいと思います。
hReview by ゆーいち , 2009/11/15
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