私は無力かもしれない。今の私は、ただの音無麻理亜でしかないのかもしれない。でも――。――それでも、命を投げ出してでも、お前を護りたい。
「お前、“O”と関わっているだろ?」
クラスメイト・大嶺醍哉が、星野一輝に向かって発したその言葉は、新たな“箱”への入り口だった。
気づけば一輝は音無麻理亜と共に、“騙し合い”のゲーム――『王降ろしの国』のプレイングルームにいた。中世風の職業に就き、一度の面談を介し行われるそのゲームの勝利条件は、他プレイヤーを殺して生き残ること―。つまりこれは、“殺し合い”にまみれた狂気のゲーム。
“箱”に願い、この空間を作り上げた“所有者”の正体とは……? 緊迫の第三巻。
[tegaki font=”mincho.ttf”]命を賭けた、退屈しのぎのゲームへようこそ[/tegaki]
前巻の引きも凶悪でしたが、今回の引きも凶悪。というか前後編だったのね……。
醍哉から告げられた“O”の名前。一輝にとっては予想だにしなかった人物からその名前を聞かされた衝撃は並大抵の事ではなくて。それこそ、ようやく、前回の日常を破壊しかけた事件が終わったばかりだというのに、休む間もなくまたしても“箱”による願いが、“所有者”の狂気が、一輝の日常を浸食していきます。
今回は、これまで以上に心理戦が重要。ぶっちゃけ、一輝や麻理亜が取り込まれたゲーム『王降ろしの国』のルールは「人狼」を彷彿させたりしますが、それをさらに発展させて、人間の心理と悪意を善意を試す意地の悪いゲームシステムは、土橋作品ぽくも感じたり。優秀な人間たち揃いのゲームメンバーの中で、際だった能力を持ち得ない一輝は、生き残ることができるのか? そして、ゲームルール上、自分の力を発揮することができない、無力化されてしまった麻理亜を護ることができるのか。これまでの危機に、さらに輪をかけた絶体絶命のゲームが展開していきます。
登場人物も表と裏を上手く使い分ける人間揃いで、展開が読めません。“箱”によってなされたゲームだけに、常識が通じないのがさらに嫌らしい。この状況から抜け出すための“箱”の“所有者”を見つけ出すという作業も、疑心暗鬼がそのまま致命傷へと直結しそうな密室の状態ではままならず、一輝も、そして麻理亜さえも、“所有者”が作り出したゲームに翻弄されていきます。物語の始まり方からして、“所有者”は醍哉なんだろうと当たりは付くんですが、それも流れの中で疑わしくなっていく展開はお見事。読者の方も煙に巻く物語運びはまさに手に汗握るというにふさわしいですね。
『王降ろしの国』のゲームがどんな仕組みなのか、最後の最後での種明かしでいろいろ納得のいく部分ができました。おかげでバッドエンド的な展開を経ても、ゲームオーバーになってなかったのか。けれど、それも、次でラスト。決して落とせないワンゲームがついに始まる。麻理亜を護るために、日常を壊すあらゆるものに対して敵対することを辞さない一輝は、最後の一線を越える選択肢が極限状態で示されたとき、どんな決断を下すのか。決して負けないと宣言した自らの言葉と、それをあざ笑うかのような敵の言葉。現実となるのは果たして……?
一輝の特異性についても、それがどんなものなのか、いよいよはっきりしてきた感じ。彼自身が日常の中で異質めいているという矛盾。そして、存在そのものが日常から切り離されているかのような麻理亜との共依存。ふたりの在り様も大概歪んでいるように思えますが、それにどんな折り合いを付けていくのかも気になるところですね。というか、お前らいい加減くっつけよ、と。既成事実として。
hReview by ゆーいち , 2010/04/25
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