俺は、お前がいつも通りなのがいいんだ。お前がいつも通りに笑ってて、いつも通りに喧しくて、いつも通りに頑張ってるのがいいんだよ。んで俺はそいつといっしょにいたいだけで、それを近くで見ていたいだけで、そのためなら何だってするってだけで――ああくそ、なんだ、つまり、ええと、わかれよ。なんとなくわかるだろ?
風邪をひいた空のお見舞いイベントで起こったハプニングにより、空の奴隷にされてしまった浩介。
肩をもまされたり、オセロをやったり、さらには荷物持ちとして休日に二人で買い物に行くことになるが、当然そんなことを看過できる素敵達ではないわけで!?
そんな折、医術部の面々は街で素敵のように白衣を着てメスを振りかざす女と遭遇する。彼女はこれまでになく最悪な“耽溺症候群”に罹患していた。素敵は自らの《世界と乖離していく》疾患を押しての対決を覚悟するが!?
水瀬葉月が贈るフェチ系美少女学園ストーリー、感動の完結編。
[tegaki font=”crbouquet.ttf” color=”DodgerBlue”]主治医と患者の素敵な関係[/tegaki]
第3巻であっさり完結と、予想外に早く閉幕となった『藍坂素敵な症候群』。作者的にも、本作が初めて完結させられたシリーズということで――いや、そうすると、魔女カリとか未完てことで、くそう、続きを読ませてくれ――物語の最後に打たれた『完』の文字に感無量となってみたり。いやぁ、こういうラストへとお話が続いていくのなら、それまでに描かれる黒い展開も、救いのない結末も、癒えない傷を受けることも、すべてを含めて報われたんじゃないかと思えましたね。もともと、本作は割と白さと黒さの振れ幅が大きかった作風ではありましたが、そのひとまずの幕引きが、このような形でなされたことで、水瀬葉月という作者がどのような結末へとストーリーを引っ張っていこうとしているのかを知ることができたということもうれしく思いました。
ラスボスらしいラスボスがいちおう最終巻ということで登場するはするのですが、これまでの異常者に比べると割と理路整然と壊れているという性格上、得体の知れない怖さというのはなかった感じがしますね。“耽溺症候群”という、何か一つに突き抜けてハマってしまう異常な性癖が異能化するという題材からすると、ややパンチ不足だったのかなとか思いました。というか、かませ的な役割だったんじゃないのかなあ、その後の浩介と素敵の関係を描くための。
症状が悪化すると「世界から消えてしまう」という無二の症候群を抱えた素敵。そして、そんな彼女を世界に留めることができるかもしれない、「どんな症候群をも発症できる」可能性を宿した浩介。第1巻で物語の結末への道筋は、このふたりの関係がどうなっていくかにかかっていると示唆されたように、それを回収する形で収束していく物語。浩介と素敵の関係がこうなるのは予想していても、その距離感がどう変わっていったのかが意外に唐突だったのは尺の関係なのかどうなのか。それでも1巻で感染、2巻で自覚症状が出て、3巻で重症化というステップで作品になぞられて関係の発展を見てみれば、なるほど、文字通り浩介の症候群は後戻りできないくらいに重篤な状態に陥ってしまっているのでしょう。
自分にしかできないことだから、自分を犠牲にしてでも、症候群の治療を使命としてこなしてきた素敵。決して望んでやりたいことではないのに、大切なものを大切にするため、誰かにとって大切な、素敵自身を傷つけることしかできなかった彼女。医術部の面々が培ってきた関係を土台として、舞台として、その上で演じられた、悲劇のような喜劇。予定調和的にたどり着いたハッピーエンドではありますが、そこに至るまでの痛々しいくらいの葛藤があったればこそ、このラストシーンに拍手を送りたくなります。
素敵から見れば、目の前で治療が必要な重罹患者が生まれてしまったわけで、それをどうするかというのは、大きな問題なれど、また別の話。素敵のために、目に見える絆の形となった浩介。患者と担当医、そして恋人同士というこれまたやっかいで複雑な関係へとすすんだふたりですが、癒えることのない幸福な症候群は、きっと誰にも治せない恋の病へと変わっていって、ふたりをずっと繋ぎ続けていくんでしょう。
損な役回りを押しつけられてしまった空も、これで正々堂々と浩介を巡って恋のバトルを繰り広げられるというもの。ドタバタの続く、未来へと続く今を素敵な形で結んでくれた良い物語でした。
hReview by ゆーいち , 2010/11/08
- 藍坂素敵な症候群〈3〉 (電撃文庫)
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