藍坂素敵な症候群

stars だからさ、これを私が守れるのなら、私にしか守れないのなら、それもいいかなって思うの。それだけよ……ありふれてて、安っぽい自己満足なのかもしれないけど。

私立千歳井高校。那霧浩介が転校初日に連れていかれたのは医術部というちょっと奇妙な部活だった。
部長・藍坂素敵。白衣を纏いメスを持ち、ちっちゃくてやたらと元気な女子。部員その1、宵闇ヶ原陰子。傘を異常に溺愛するお嬢様。部員その2、黒崎空。いつもご機嫌斜めな金髪ヘッドホン女。
三人ともかわいいのはいいのだけど、藍坂はなぜか手術をさせろと迫ってくるし、さらに街では《耽溺症候群》フィリア・シンドロームなるものが蔓延していて──。
『C3 -シーキューブ-』の水瀬葉月が贈るフェチ系美少女学園ストーリー!

[tegaki font="marugothic.ttf" color="Red" strokesize1="6″ strokesize2="2″ strokecolor2="Red"]ようこそ! 素敵なフェティッシュの世界へ!![/tegaki]

注:だまされます!

ということで、このかわいらしい表紙にして内容はいつも以上に水瀬葉月している新シリーズ。いやぁ、『C3-シーキューブ-』が割と白い方へと進んでいっていて、『魔女カリ』とかで猛威を振るっていた黒い水瀬さん、どこ!? と思っていたら、本作がそれでした。いやぁ、ほどよくコミカルで、過剰なぐらいにグロい、このうっかり触れてしまうとただでは済まないような作風、待っていましたよ。

千歳井高校へ転入してきた初日にいきなり遭遇してしまった少女・藍坂素敵。名前も奇抜ながら、彼女が部長を務める部活・医術部もまた奇妙な部活で。気付かぬ間に発症する《耽溺症候群》という謎の病気を治療して回っているのだとか。何かが好きで好きでたまらなくなって殺したいほど愛しちゃう! という字面だけ見るとそんなに危険じゃないような気がするこの病気。けれど、発症者のぶっ飛び具合と、彼らが引き起こす凄惨な事件を目の当たりにしてしまうと、シャレになりませんっ……! 唯一そんな患者を治療することが出来る、素敵の、その治療の方法とは……?

《耽溺症候群》の設定とか、そこから人外のパワーを得たり人知を超越したような能力を手に入れたりという辺りは、単なる病気というには度が過ぎているような気がしますが、それを治療する素敵の方法もまた、治療という一言で片付けられるようなぬるい者でもない辺りがさすが。他者を救うために、自分の心をすり減らしていくという、代償を払ってでも誰かを助けたいと強く決意する意志とかは、『C3-シーキューブ-』のノリに近いのですが、やっぱり、症候群に罹ったひとびとが抱えることになる重みというのは生半なものではないですね。

素敵自身もそれにまつわる逃れ得ない未来を背負わされていて、それでも、あるいは、それだからこそ、今の時間を、医術部という奇妙な活動にひたすらに費やそうと思っているのかもしれませんね。

一方の主人公・那霧浩介。彼はそんな《耽溺症候群》に侵された変態どもとは対極に位置するような真にニュートラルな指向の持ち主。どんな風にも変わることができるし、どんなことにも夢中になることができる。ある意味、それはそれで、普通とはかけ離れた性質を持つ彼が、藍坂素敵という少女と出会い、彼女を知り、彼女の運命を知り、理解してからの自分の身の振り方を決めるとき、彼女に近づいていこうと思ったのは興味半分ではないのでしょう。期せずして知ってしまった彼女の本質、そして、期せずして彼女に救われてしまった自分。自分を救うこと、それが素敵にまたひとつの罪を背負わせることになるとしても、それでも彼女の笑顔を見続けたいと思ってしまった彼を、彼女に助けて欲しいと願ってしまった彼を、誰が責められるというのでしょうか。当の少女が、彼を助けると決意し、彼女だけができる救いをもたらすこと、それが彼女の生き方であり、足跡の残し方であるというのなら、事件後に部室に増えた新たな仲間の姿は、彼女にとって何よりの自分の存在の肯定であると思えたのだと信じられます。

そして、運命的に出会ってしまった浩介と素敵。ふたりの関係もまた症候群によって繋がれていて。彼だけが罹患しえる症候群、彼だけが素敵を救い得る症候群、その名付けもまた非情に安直で、だからこそたったひとりのための症候群にふさわしい名前でしょう。あくまで可能性にしか過ぎないその病気、誰かを救うことができるならと自らの手を汚すことを選んだ少女がいるのなら、その少女を救うために、自分が自分でなくなることをさえ、受け入れることを選ぶ少年がいるかもしれない。そんな夢のような未来を、想像してみても良いのではないでしょうか?

hReview by ゆーいち , 2010/04/14

藍坂素敵な症候群

藍坂素敵な症候群 (電撃文庫)
水瀬 葉月
アスキーメディアワークス 2010-01-10